Vision of Life

青年海外協力隊(2016-3次隊)
2017年1月から2年間、ドミニカ共和国で自動車整備隊員として活動中。
日々の出来事をdisりながら記録に残してます。

8月21日(587日目:545日目) Una actividad para coger una insolación.: 炎天下でのアクティビティ

Una actividad para coger una insolación.: 炎天下でのアクティビティ


今日は午後から講演会。

午前中、

カウンターパートは間違った時間の情報を私に流してくる。

そもそも正しい情報知ってるのかすら疑問。

昨日、職員さんから正しい情報を得てるから、

カウンターパートにその情報教えたらやっぱり知ってなかった。

知りもしないで自己想像で間違ってる情報を流してくるのは1番タチが悪い。

出席する先生と時間確認して、車に乗せてってもらう事に。


鈑金塗装科にあるチェロキーは今日も整備科の実習で部品取り付け作業してたけど、そんなに進んでない。


講演会のスケジュールは13時〜18時。

長い。

ランチ付きだから12時に出発するとの事で、更に長くなった。

そして、開催地は何故か郊外。

講演会タイトルは、"El talento gana partidos, pero el trabajo en equipo y la inteligencia ganan campeonatos.(能力は試合に勝つが、チームプレイと知性は選手権で優勝する。的な)"。

ドミニカ人の講演者が何を言うのか、中々面白そう。

乗せてってくれる先生も場所知らない位にマイナーは地域"Tamboril"。

道に迷いそうになった時、たまたまランチを会場に運んでる配属先の車に遭遇して、ついて行ったら無事到着。

建物内はバーカウンター付きラウンジと広い庭のみ。

講演会する様な場所ではない。

そして出席する各科の責任者と先生達はラフな格好。

これは実は講演会じゃないなって思いつつランチ。

サンコチョ(スープ)に白米、アグアカテ。

13時からって連絡されてても、やっぱり出席者はその時間に来ない。

カウンターパートに正しいスケジュールを教えたけど、そもそも時間通りに動くつもりがないからかなり遅刻して到着してランチを食べてる。


14時から開始。

何故か芝生の上に輪になって座って始まった。

蓋を開けてみたら、"チームワークとは何か"的なアクティビティだった。(それを知らなかったのは私のみ。私は講演会だと思ってたからワイシャツ。スケジュールを伝えてくれるついでに何をするかも知らせて欲しかった。)

前半、

アイスブレイクして、

2グループに分かれて、

1グループが目隠しして、もう1グループがマンツーマンで声の指示のみで決められたルートを歩く、途中途中で指示者が変わりながらゴールを目指すってアクティビティ。

まるで派遣前訓練にありそうなアクティビティ(笑)

私は最初に目隠しされて指示の元歩くグループ。

クソ炎天下の中でやってるから、1人熱中症になってトイレでリバースして脱落してたのをゴールして目隠しを外した時に知った。

アクティビティってよりサバイバルだ(笑)

で、交代して今度は指示する方。

2回目はかなり険しい行程(約60cmの段差をダイレクトに降りる、約1mの段差を跨いで越える等)で、流石に危険だってクレームが出たけど、講演者は無理矢理強行。

1人欠員したから、指示者が1人余る事になり、私のスペイン語の説明だと険しい行程パートは危険だから協力してもらった。

怪我したら洒落にならない。

そして、このアクティビティの感想発表。

"人によっては指示の仕方が悪かった"って意見に対して、講演者は"指示された方は指示が悪いと感じたとしても、指示者は其々に理由があってその指示をしてるんだから、それを指示される方がどう受け入れるかだ"って、中々良い事言ってた。

親指がどーのってくだりもあった。


後半、

マンツーマンで相手の良いところを2つ、改善すべきところを1つ、そしてその改善の為に私はどの様な協力が出来るかってのを伝え合うってアクティビティ。

それを全員とする。

ぶっちゃけ、皆んなは仕事の付き合い長いから良いところも悪いところも知ってるから語り合える事は沢山あるだろうけど、私は普段挨拶する程度の関係とか、今回初めて顔を合わす人とかもいて、ぶっちゃけ全員とそんな深い事言い合える関係性を築いていない。

今回、関係を築くいいキッカケになるかと思ったけど、参加者でそう思ってる人は少なく、そんな話題をしにいく私はさけられ、結局は関係が深い人同士が長話して、やる気ない人達は日陰でダラダラして時間潰しして、時間終了。

最後は、手を繋いで輪になって、そして各自が自分の胸を両手人差し指で指差して"Depende de mí!!(自分次第‼︎)"ってでかい声で連呼して、みんなとハグして終わり。

チームワークとは何かを主題としたアクティビティで、結局は仲良し同士でくっついて時間を過ごしたり、参加しないでてるって現状。

各科の責任者や上位先生の集まりでこれ、逆にそんな人達だからこの様な現状なんだろうなと思う。

若い人達だったらもっと柔軟に対応していたのかもしれない。

まぁ、日本と違って意見発表は盛んだから、その点は良いと思う。

色んな意味で中々興味深いアクティビティだった。

トイレの床にリバースしてトイレを地獄絵にした配属先職員さんは掃除する気はさらさらなく、そのままにしてバックれ。

タチ悪過ぎ。


帰りも先生に送っててもらい、途中にあったチューニングショップ的な整備工場に80スープラが入庫してたのを発見。

この国だとドラッグレース位しか出来ないから、どんなチューニングしてるのか気になる。

1人だったら寄り道してた。


昨日は首都往復でテッペン超え、今日は半日炎天下でウロウロ、かなり疲れた。


帰宅後、近所の家にプラタノとアグアカテを見に行って、値段も聞かずにアグアカテ2個とプラタノ6本を選び、値段を聞いたら、驚きの30ペソ!

聞き間違えたのかと思って二度聞きして、お金払ってからも更に確認してしまった。

価格破壊が半端ない。



Nikkei: 日系 ( 13/13 )

13.

Después de todo, en junio del 2006, el discurso del ex primer ministro de Japón de ese entonces Junichiro Koizumi anunció que trajo una conclusión provisional del juicio.

Él hizo una declaración formal en la que se disculpaba por el "inmenso sufrimiento debido a la respuesta del gobierno en ese momento".

El gobierno japonés resolvió la demanda en julio del año 2006, pagando US $ 17,000 a cada demandante, así como US $ 10,000 a los migrantes no demandantes.

Eso fue alrededor de 50 años desde que comenzó la emigración.

After all, in June 2006, the speech by former Japanese Prime Minister Junichiro Koizumi at the time announced that he brought a provisional conclusion to the trial.

He made a formal statement in which he apologized for the "immense suffering due to the government's response at that time."

The Japanese government settled the lawsuit in July of 2006, paying $ 17,000 to each plaintiff, as well as $ 10,000 to non-plaintiff migrants.

That was around 50 years since emigration began.


結局は、2006年6月の小泉首相の談話発表で一応の結末が図られました。

小泉首相は談話で「外務省として多々反省すべきことがあった」と移住者達に政府としての謝罪の言葉を述べました。そして特別一時金の支払いがなされました。

それは移住が始まってから50年目のことでした。

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